散歩道<1966>

                           経済気象台(224)・地域力の決め手

 関西国際空港の第2滑走路(4千b)がこのほどオープンした。我が国初の24時間稼動、本格的ハブ空港となる第一歩と、関係者の期待は強い。それにしても、高い利用料や地盤沈下などの難問を克服して、よくぞここまでこぎつけたものだ。いまや関西地域、ひいては日本経済の発展にとって不可欠のインフラとなった。こうしたビッグプロジェクトの推進は、多数のリーダーの協力があって可能だが、いま思い出されるのは、新国際空港の実現を夢見て、初期段階に中心的な役割りを果たされた方のことである。1980年ごろに運輸省航空審議会関空部会臨時委員として、立地選定などの検討に当たり、大阪商工会議所副会頭も勤めた故里井達三良(たつさぶろう)氏。たまたま海上でのボーリング試堀調査が始まった頃、現地視察に同行する機会があった。このとき「空港ができれば、騒音公害や地盤沈下が起こりかねない。それでも熱心に空港実現に努力しておられるのはどうしてか」と無遠慮な質問をしてみた。すると、温厚な里井氏は青年のように気色ばんだ口調で、「君は人知の進歩を信じないのか。完成までにかなりの年数がかかる。その間十分対応できる」と、情熱をこめて話された。このロマンあふれる答えに衝撃を受け、恥じ入った記憶が残っている。国際空港の対岸の泉佐野市の緑地公園内で、昨年10月、故里井氏の詩碑の除幕式が行われた。それには「空港島を思ひ茅渟(ちぬ)の海(大阪湾東南部の古称)のいまだ生まれぬ島ゆえに燃えし思ひの初日はのぼる」(昭和57年元旦)と刻まれている。実は、司馬遼太郎氏も認める名文家、詩人でもあった。全国各地でいま、地域の振興が積極的に行われているが、必要なのは資金以上に、情熱とロマンを持ったこんなリーダーの存在だと確信する。地域力は人材いかんにかかっている。

'07.8.31.朝日新聞

関連記事:散歩道<565>中部国際空港・新しい観光スポット