散歩道<1941>

                     夕陽妄語(3)・「戦争は本当にあったんだろうか」                  (1)〜(4)続く

  第一、「これで生きのびられる」という安堵感。これは極めて少数の狂信的な人物を除けば、ほとんどすべての日本国民が共有した感情であろう。第二、第三の反応は全く逆で、15年戦争を支持した人々と戦争反対の意見を譲らなかった人たちである。
 第二の類型は支持した圧倒的な多数派であり、かれらの多くは「大東亜共栄圏」や「聖戦」の旗じるしを信じ、不敗の陸海軍を疑い始めていたけれど、まだ奇跡がおこる可能性に期待していた。45年8月15日の、「呆然自失」は、当時もっとも有名な文学者の一人、武者小路実篤の言葉である。国家の敗北、それまで信じてきた価値の崩壊、呆然自失よりも号泣だった人もいた。要するに8月15日に敗北のみを見た多数の人々には、それぞれの温度差があったということである。
 第三、20年代から生き延び、30年代の超国家主義的政府の弾圧に牢獄の内外で耐え続けていた
*1少数の社会主義者、共産主義者、自由主義者、キリスト教徒、特に無教会主義者など・・・・彼らは弾圧からの解放を歓迎した。誰が歓迎しなかったろうか、牢獄からの、検閲からの、極端な人権無視からの、「治安維持法」からの、それらを集めて仮に「ファシズム」という言葉を用いるとすれば、日本ファシズムからの解放を。
 その解放に敗戦後にさえも日本政府は積極的でなかった。今では周知のように解放を押し付けたのは占領軍である。故に敗戦と占領に対しては、呆然自失と同時に狂喜歓喜反応がありえたし、あらざるを得なかったのである。45年の日記をフランス語で書いていた渡辺一夫は、あなうれし、日記を自国語で書ける時が来たという意味の言葉を書き続けた。
 

'07.8.25.朝日新聞・評論家・加藤周一氏

関連記事:散歩道<636>選挙の後に、<1342>夕陽妄語・核兵器3題、<1405>夕陽妄語 2006年11月(1)〜(3)、<1582>夕陽妄語・不条理の平等(1)〜(4)、<1747>夕陽妄語・四月馬鹿(1)〜(4)、
備考:弾圧を受けた人たち*1