散歩道<1939>
夕陽妄語(1)・「戦争は本当にあったんだろうか」 (1)〜(4)続く
2007年の年8月15日に「朝日新聞」(東京本社版)欄は、45年8月に房総半島の海軍基地で水上特攻艇の整備をしていた武藤勝美氏の回顧談を掲載した。武藤氏はそこで日本国の降伏を知り、特攻艇数十隻を沖に運んで沈めた後、復員の準備をして数日後には鉄道で東京に向かった。彼はその列車の窓から「広々とした蒼い海で数人の子が泳いでいる穏やかな風景」をみる。そして「戦争は本当にあったんだろうか」と思う。「8月15日が来ると不思議にあの光景が鮮明に蘇ってくる」というのである。
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これは戦争と平和の対象ではない。戦争はもちろん現実にあった。海に沈められた特攻艇は悲劇的な戦争の象徴である。海に遊ぶ子供たちの光景は、平和な日常性の表現、戦争さえもが遂に破壊することができなかった日常生活の秩序の表現である。
一つは特攻艇の象徴する世界。もう一つは遊ぶ子供たちの世界。その二つの世界は全く別の目標と文法をもち、その一方から他方を見れば、相手が現実にはほとんど存在しなかったように見える。現在すなわち45年8月15日以後少なくとも数日間に、遊ぶ子供の世界の現実感は、あらゆる過去を消し去るほど強烈であった。
'07.8.25.朝日新聞・評論家・加藤周一氏
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備考:散歩道<87>この話に舞鶴の軍港の話を思い出した。
