散歩道<1937>
世相(26)・歌だけが明るかった「隣組」・”軽・薄・短・小”
歌だけが明るかった「隣組」'40(昭和15年)
隣組は、昭和15年('40)9月11日の内務省通達等で組織された近隣10戸内外の隣保組合で、同月末には、早くも全国に120万の隣組ができたが、これによって政府の”上位下達”は意のままになった。出世兵士や英霊の送迎、勤労奉仕、防空演習への動員がかけやすくなり、国債の割当額、預金の目標額、金属回収の責任額なども、すべて隣組に割り当てられた。
江戸時代の五人組制度を原型とする「隣組は、連帯責任と相互監視の役割りをはたしたのである。そして、この機構が、生活必需物資の配給ルートであることから、国民の生殺与奪の権利をも持つことになった。隣組から排除されたら、まさに生きていけないからである」
嫌な思い出ばかりの隣組だが、”とんとんとんからりと隣組格子を開ければ顔なじみ・・・・と歌う国民歌謡「隣組」(岡本一平作詞、飯田信夫作曲、徳山漣歌)のメロディーだけが、やけに明るくこだました。半藤一利さん
備考1、:このような強制的な権力による、間違った政策によって、政府の考えに批判的な考えを持つ人たちを、排除したものだと思う。
備考2、:戦争遂行するため、このような統制により、市民から自由を奪っていき、批判的な言論を許さない社会に全体がなる。このような、精神的にも大変な自由の束縛が必要になってくることも知っておく必要があると思います。
備考3、散歩道<1941>弾圧を受けた人たち
備考4、意味はよくわからなかったが、この歌が大変明るい歌であった記憶は、今でも(62〜63年後の)あります。
現代を形容するキーワー”軽・薄・短・小”
昭和58年('83)を代表する流行語の一つに”軽・薄・短・小”があった。「軽薄で短小」ではなく、「軽くて、薄くて、短くて、小さい」という意味だった。『今の社会をうまくいいあてたのが、”軽・薄・短・小”。昨年(57年)秋に日本経済新聞社から得た『時代は「軽・薄・短・小」』が評判になって、あっという間に広がった。本は経済をテーマにしたものだが、日本の生活・文化のあらゆる面に通ずる表現でもあるため、各界が競って用いた』
<日経・58.12.10.生まれ消える流行語>
技術革新がOA機器やパソコン、オーデイオ、などを小型化すれば出版界でも文庫本がもてはやされ、厚さ、大きさ、定価から内容までもが、軽く薄く短く小さくなり、世はあげて軽・薄・短・小時代を迎えた。半藤一利さ