散歩道<1925>
ポリティカ・にっぽん(3)・62年目の夏が逝く (1)〜(4)続く
小田のベトナム反戦の行動と思索を小説化した最後の大著「終わらない旅」(新潮社)には、なぜ反戦運動を始めたかが書いてある。
「まともな心を持つ人間なら黙ってみていられない戦争だったからだと思うね。あの戦争に反対するのに、人は左翼である必要はないし、偉大な思想を抱く必要もない」
ふつうの人が普通の感覚で、「戦争はいやだ」ということ。戦争になれば、ふつうの人も被害者になるばかりでなく、戦地にいって加害者になりうること。まともな心を失えば、「特攻」とか「玉砕」とかに突き進んでしまうこと。それを繰り返さぬ決意として憲法9条ができたこと。こんあふうに「平和」を説いた小田は「市民の巨人」だった。
小田は妻を「人生の同行者」と呼ぶ。その玄順恵(ヒヨンスンヒエ)が小田の死後、「私の祖国は世界です」(岩波書店)という本を出した。神戸に育った在日の彼女が朝鮮半島の分裂に直面、小田とともに世界に目覚めていく。「国籍は個人に関係なく各国が勝手に作った目に見えない鉄条網」だった。
'07.8.20.朝日新聞・本社コラムニスト・早野 透氏