散歩道<1909>

                           けいざいノート・格差問題の深層(3)                 (1)〜(4)続く
                         生産と闘争の技術が混在・再配分に新しい意義も

  市場競争で使われる、と経済学者が想定するのは、当然、生産技術である。原料を加工し、部品を組み立てて製品やサービスを作るのが生産技術である。さらに、商品やサービスを消費者に行き渡らせる技術も生産技術に入れてよいかもしれない。一方、経済活動の中には、生産とは無縁な技術も存在する。社内の権力闘争で勝つ技術、顧客の無知につけ込んで不必要な商品を売り込む技術、政治家に取り入って利益誘導(レントシーキング)をする技術・・・・・・ハーシュライファーは、これらをまとめて闘争技術と読んだ。それは、社会全体としては損失しか生まれない。既に存在する資源を、ただ単に他社から奪い取る技術が闘争技術なのである。市場経済に批判的な論者は、この闘争技術の弊害を問題視しているのではないか。現実の経済社会には、生産技術と闘争技術が混在し、企業も個人も状況に応じてそれを使い分けている。議論がかみ合わない大きな理由は、現在の標準的な経済学では生産技術以外の技術が全く無視されていることだ。

'07.8.18.朝日新聞・経済産業研究所上席研究員・小林慶一朗氏

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