散歩道<1867>

                     面白い話(164)面白い話・大集合(555)・2005・右翼・赤線

かたえくぼ:これが本音:辞めて下さい・・・・・与党     辞めないで・・・・・・野党       安倍総理殿(せいた君)

生みの親は警察署?「赤線」
 年配の人ならよくご存知であろうが、「売春防止法」が昭和33年3月に施行される前は、売春の行われた特殊飲食店を『赤線』と称した。東京なら、吉原、洲崎、玉の井などが、昔なつかし?赤線の代表格だった。これらの地域がなぜ赤線と言われるようになったかというと、これには警察の力が大いにあずかっていた。というのは、警察署の地図には、これらの地域がくっきりと赤い線で囲まれていたからだ。これに対して、飲食店の許可をとって、裏では売春宿まがいの営業をしている店が並ぶ地域は、青い線で囲まれていた。そこで、これらの地域を、人びとは「赤線」にたいして「青線」と呼ぶようになった。樋口清之様

議席の位置が、保・革を決める「右翼」
2005 18世紀のフランス革命では、さしもの栄華を誇ったブルボン王朝も息の根を止められた。革命後に開かれた議会では、保守派のジロンド党は議長席から見て右側に、革新派のジャコバン党は左側に席を占め、激しい論戦を繰り広げた。以来、フランス革命に敬意を表してか、保守的意見の持ち主や党派を右翼、革新派を左翼と呼称するようになった。20世紀の日本はと見ると、既成の右翼や左翼の活動にあき足りない若者たちが、新右翼とか新左翼を名乗って、世のなかを騒がす事件をつぎつぎに起こしている。政治の世界でも、保・革の逆転が叫ばれているが、フランス革命のその後は、左右の両翼が淘汰され、ナポレオンの独裁が始まっている。樋口清之