散歩道<1845>
経済気象台(181)・第三の道
ある民放番組で特集された夕張市再建への歩みの中で、廃止された市民病院のあとを引き受けた医師のことが報道されていた。スタッフを減らし給与も大幅に下げ、ベッド数を縮小して生まれたスペースを介護などに転用すると共に、診療所の内容も「予防医療」に大きくシフトすることで活路を開こうとしている。医師の仕事は病気を「治療」することで、「病気ならないように」アドバイスすることは仕事の中に入っていない、というのがこれまでの通念だった。しかし、その医療も国や地方が大きな負担を背負う健康保険制度という土台があってのことである。病気が減れば医師の収入も減るかもしれないが、財政は助かり市民生活の基礎もより安定する。そこまでを自分の責任範囲に取り入れて、地域の人々の医療を守ろうとする医師の生き方には感銘を受ける。こういうミクロの知恵がマクロの政策につながらないのは、いきさつや建前に阻まれてきたからだろう。医療界での評価が「難病の治療」などに重心があることや、延命ということが無条件に「是」とされていることも要因だろう。人が病気になるのはライフスタイルの無理や心労などの原因によるところが少なくない。ならばその原因に遡って(さかのぼ)、医療者が患者の人生にかかわってゆくところまでをその責任範囲ととらえ直したら、医師の仕事の意識も高まるし、医療財政の問題の見え方も変わってこよう。投薬よりも予防医療の相談に比重を置くような診療報酬にすることは困難ではあろうが、取り組む価値のある課題と思われる。夕張市のこの医師は地域医療は「公」が本筋としながらも、無駄をなくし発想の転換をする余地は大きいと訴えている。何でも官から民へと移せばよいという発想に対して、事の本質や目的に遡った第三者の道を探す必要があるということであろう。
'07.7.5.朝日新聞