散歩道<1831>

                            社説・盧溝橋事件70年(3)              
 (1)〜(4)続く
                                 もう1歩、踏み出す勇気を 

  日中戦争の歴史は、そのまま中国の近代史に重なる。国家存亡の危機であったのだから当然のことなのだが、一方、日本にとっては米国との戦争、とりわけ広島と長崎への原爆投下といった被害の方が深く記憶に刻まれがちだ。
 この記憶のずれが友好をうたいつつも、ぎくしゃくしてきた日中関係の根底に影響しているのは間違いない。
 抗日戦勝利と言っても、被害の大きさは日本とくらべものにならないし、中国が日本を屈服させたわけでもない。戦後、賠償を放棄して「ゆるした」のに、日本はその重みを受け止めていないのではないか。中国は軽んじられている。そんな屈辱感も重なっているのを見逃してはならないだろう。
 反日デモの嵐が吹き荒れた1昨年春。デモ参加者の怒りには、さまざまな要因が絡まっていたことだろう。その一つに、江沢民時代に強化された「愛国教育」の影響があるといわれている。
 揺らぎだした共産党支配の正当性を立て直すために、抗日戦争を学習させ、結果として日本への怒りを再生産することになった、という見方だ。
 その面があるのは確かだろう。中国の歴史研究にしても、政治権力から独立して自由におこなわれるとは言い難い。しかし、だからと言って、日本による侵略を自らの近代史の中心テーマと受け止め、記憶し、世代を超えてそれを受け継ごうという中国人の心情を批判することは出来ない。
 いまの中国では、知日派の人々でさえ、戦争の歴史の話になると表情を変えることが少なくない。民族感情の渦が代々受け継がれていることを、わたしたちは意識しておかねばならない。

'07..7.7.朝日新聞