散歩道<1816>
ステージ・ニッポンには新エンジンが要る(2)
この国は,井の中の鯨である
境界を破る力が必要になっていく
米韓のFTA(自由貿易協定)交渉が妥結しました。議会で批准されれば米韓の間ではモノも情報も、そして人までもかなり自由に行き来できるようになります。二つの国でありながらマーケット的には一つの国のように稼動し始めるわけです。韓国社会は一挙に変わっていくでしょう。日本でも各国とのFTAは大きな課題であり、日韓のFTA、日米のFTA終結などがここ10年以内になると思います。そうすると日本国内の経済、産業に激震が走る。しかしその状況をまだ日本企業も、大学も、そして若い人たちも実感として思い描くことができていないのではないか。国内市場でどうシェアを勝ち取るか、というドメステックな考え方から脱することが出来ていないように感じます。アジアの中で1億2千万人の人口を持つ日本。ヨーロッパレベルで見ればフランスの2倍、GNPも高い、この国は、井の中の蛙どころか鯨であり、FTAがドミノ的に起きれば、その巨体で自由に動き回ることになる、勿論軋轢も出るでしょうが、避けては通れない。こうした時代の動きを受けて、企業も教育の現場も世界的な視野に立たたねばなりません。境界を破り、超えていく力をどのようにつけていくのか。学生に至っては今、その課題に直面しているといえよう。
多くの無駄をやりそしてたっぷり悩め
今の学生諸君は「これはやってはいけない」「これしかやるな」と、無駄と無駄*2でないものの境界を教え込まれて育っています。それを自覚することさえ出来ないほど、もう自然に習い性になっている。しかし大切なのは、知識の個別的な多さではなく、境界を破り、おこなっても無駄だよと教えられた領域へ越境する力なのです。私が学生の頃は学生運動の余韻がくすぶっていて、いろいろと迷い、苦しみ、アトランダムに本を読み、人にも会いに行きました。そのとき経済史の大家から「役に立たないこと、余計なことをやってみなければ、役に立つことが分らない」といわれたのです。あちこち首を突っ込み、無駄なことをやってみろと、きちんとしたカリキュラムでゴールにたどり着く学問は勿論重要です。その上でさらに、理論整然と割り切れないことに悩む時間、悩む場所が必要なのです。こうして悩む力を育てて、理科系と文科系*1の境界も超えていく。私はそこにこそ創造性は生まれると思う。学生諸君はいまからでも遅くないから、自分が将来進みたいと考える現場に足を踏み入れてみる。語学をものにする。古典*3をしっかり読む。これを実行すれば、たいていのルートはクリアしていけるはずだと私は考えている。
'07.5.21.朝日新聞・東京大教授・姜尚中氏(かんさんじゅ)
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