散歩道<1810>
                    面白い話(160)・面白い話・大集合(551)・1996「派手」(はで)やにわ

かたえくぼ:来襲:昔・・・・・・・・蒙古   今・・・・・・・・・黄砂 (ガンちゃん)                                  

                        三味線組唄の新手法「派手」(はで)

 三味線音楽の中でも、ごくごく初期のものとして三味線組唄がある。現在では、文化的価値のほうがたかいこの組唄、本手
(ほんで)組と破手(はで)組に大きく分けることができる。破手(はで)組は、柳川検校が、それまでの古風な組の手法を破って発表した新作のことを指す。それ以前の石村検校らのものを本手(ほんで)組という。破手という三味線の弾きかたは、基本的な本手にくらべて、いわゆるはじきがはなやかな新手法がくわわったものである。この破手が転じて「派手」になったといわれるが、ものごとはすべて、基本が地味なのに対して、新しいものはどうしても「派手」になるようだ。樋口清之様

                       戦場では、これだけは踏まえていないと「やにわ」

1996 源氏(げんじ)の武将那須与一(なすのよいち)と言えば、源義経(みなもとのよしつね)の家臣として平氏(へいし)の追討軍に加わり、”屋島の合戦”(やしまのかっせん)で遠く離れた軍船の扇の的を射ち落として名を上げたことで有名だが、彼の並外れた弓手の力量を基準にすると、「矢庭」(やにわ)もぐんと広げなくてはならなくなる。というのは、この「矢庭」という言葉、矢を射る場所、矢の飛んでくる場所の意で、そこから射程距離のことを指すからである。「矢庭」に居れば、いきなり狙われることもあるし、だしぬけに矢が飛んでくることもある。となれば、「平家物語」の一説にあるように「散々に射結へば、矢庭(やにわ)に鎧武者十騎ばかり射落さる」という結果になる。武将たるもの、やにわに敵との「矢庭」を計る才覚を要したとか。樋口清之様