散歩道<1776>
音楽展望・吉田秀和・理のある演奏(2) (1)〜(4)続く
解釈尽くし奏法追究 新しく美しく蘇る曲
背理反理は結局、浮雲のごときものなのだ。とあれば、力を尽くして理にかなった道を行くべきなのだ。その道はどこにあるか。彼は全霊全力を尽くして考えつめ、読者に語りかけてやまない。近年は特に日本が再び希望的背理の道に陥らないよう、論理の手を尽くして・・・・でもユーモアを失わないで・・・考え、説いてやまない。それはもう戦いの姿勢。私はそれに打たれる。
戦士といえば、大江健三郎様の書くものにもそれを見る心地がする。いつごろからか、私は彼の書くその背中に黒く大きな影を感じるようになった。古代中世の人達だったらフォトウナー(運命の女神)と読んだであろう、何か抵抗しがたい強力無双なものが、かれの背後から襲い掛かり、離れない。なぜか、分らない。世の中のすべての人にそれが見えるともかぎらない。
彼は窒息しそうになり、それから逃れようと全力を挙げて戦う。そのうち、彼は襲われたのは自分だけでなく。全人類に及ぶのではないかと考え、みんなに呼びかけながら、必死の抵抗を試みているように思われる。このごろの私には、大江さんは壮大な戦いの渦中の戦士文学者のように見える。新聞はこういう人たちの戦場の一つである。だが、正直なところ、私には今、ペンを持つだけでも重過ぎる。
'07.6.21.朝日新聞・評論家・吉田秀和氏
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