散歩道<1724>
アジアの脱亜(3)・欧米との対立概念超えて (1)〜(3)続く
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たとえば。民主化、韓国でもインドネシナでも軍生は倒れ、民主化にはいたらない中国でも世論の働きは大きくなった。だが、民主化の進展は、国内の偏見を政策に投影し、政府間の協力を妨げる結果を招くかも知れない。さて、どうすればいいのだろうか。あるいは、経済。アジア各国の経済は成長し、市場の統合も進んでいる。だが、ヨーローッパとちがって経済成長が地域機構の設立に先行したアジアでは、東アジア共同体の呼びかけにも関わらず地域機構の実現には程遠く、逆に中国の台頭は日本との競合も生み出している。どうするか。さらに、安全保障。ソ蓮が解体したヨーロッパと違って共産主義国がなお残り、北朝鮮ばかりか中国・台湾の対立を抱えたこの地域で、どうすれば安全と平和を実現できるのか。軍事的抑制に頼るような不安定な平和を安定した平和に変えることは出来るのか。これはどれも現在の選択を迫る問題である。アジアは一つなどと唱えたところで解決にはならない。空想のアジアではなく、地に足を着けて地域の課題に取り組むこと、ここに、アジアを考える意味がある。過去においてアジアという言葉が対抗関係のなかで用いられてきたとはいえ、アジアが欧米と対立的な概念であるとは限らない。現在のアジアは、欧米に対抗して内向きに団結するのではなく、グローバル化の進む中で外に開かれた関係をすでに構築しようとしている。問題はこの関係をどのように制度とし、問題を解決する役に立てるのか、である。会合の冒頭で、国分良成氏(慶応)は、アジアという観念がどのように使われ、操作されてきたかを述べる中で、「アジアの脱亜」が必要であると訴えた。欧米に対決を挑む昔のようなアジアを脱して、現在のアジアを捉えること、これがこのフォーラムの課題だろう。そのことは、未来のアジアの中で日本が果たす役割りを考える手がかりも与えてくれる。国廣道彦氏(元中国大使)は、今日本人が持っている不安に答えを出す議論が必要だと述べた。地域における優位を失った日本人がアジアにおいて誇りの持てる生活をしていくにはどうすればよいのか。この問いに対し、ナショナリズムの醜い衝突ではない出口を探るためにも、現実から出発したアジアの認識が求められている。
'07.5.14.朝日新聞・東京大教授・藤原帰一氏
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