散歩道<1725>

                  ANA・アジアフェローから・日本の文化力(1)・アジアの意識を映し出す鏡たれ      (1)〜(3)続く

 先日、警官ら4人が死傷した愛知県の立てこもり事件で、犯人投降の現場がテレビで報じられた。指示されたとおりに行動する男にたいして「ありがとう」と警察から感謝の言葉が発せられた。神経がたかぶっている犯人を刺激しないためのマニュアルに沿った対応だとの話も聞いたが、見ていた在日外国人の中には、「日本人はここまで寛容なのか」と驚いた人が多かったのではないか。異なった文化や考え方、価値観を外国人同士が理解し合うのは簡単なことではない。

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私はアジア各国からに日本に来ている人たち問い話し合う機会が多い。そこで築くのは、彼らの日本観が特に似ているということだ。好きなところでは二つに集中している、便利、清潔、改定、精緻
(せいち)美を愛する日本。もう1つは言論や思想、行動が自由な日本だ。実は、日本の生活文化への評価は開国以来、ずっと続いている。「外国人の見た日本」シリーズ(筑摩書房)を始め多くの書籍に詳しく記されてきた、いわば古くて新しいテーマだ。そこでよく評価の対象となってきたのが「日常的」な生活である。脈々と続いてきた「もの作りの精神」とその実践。それが、現代の生活でも隅々まで行き渡っている。「もの」に精神が彩られれば、「もの」と生き物の境界が混沌となり、他者への気ずかいが本能的に機能する。「万物有霊」の自然融合感がおのずと生活間や人生観、そして世界感へとつながっていく。孫文の秘書だった日本研究家・載李陶は、これを「宗教的精神」とよび、日本文化の特徴だと指摘している。世界中の「もの」を取り入れ、それを共存させてきた日本人の旺盛な好奇心も、おそらくここに結びつくのだろう。
 

'07.6.4.朝日新聞・法政大学教授・王敏(ワンミン)さま