散歩道<171>
歴史上の人物(小栗上野介・近衛文麿)
1、NHK「その時歴史は動いた」という番組で、小栗上野介(外国・軍艦・勘定各奉行・1827-1868)の番組を見た。
話の中でこの人の計画通りに事が進んでおれば(攻めてくる倒幕軍を、駿河湾で幕府軍と江戸で挟み撃ちにする計画・その後明治政府の大村益次郎がこのことを認めている)幕府の時代はもう少し長く生き延びたのではないかという話があった。又、バルチック艦隊との日本海海戦で勝った背景もこの造船所から作られた軍艦にあったという事である(これは東郷元帥が戦後その家族に感謝状を送っている)。この時代の設備が第2時世界大戦前までの日本の製鉄所の地盤を築いたといわれている。小栗上野介も勝海舟も同じ時期アメリカに渡り、その時、アメリカの力を知り、上野介の場合は当時のアメリカの科学の力を感じ、2〜3年間当時の造船の技術を学び、日本にこの技術を導入したという事である。小栗の場合は優遇され、勝海舟の場合地位により(短期間の滞在で日本に帰ることになる)冷遇されたが、お互いに当時の海外の影響を受けたこと、その後の勝海舟との確執も幕藩体制の維持に影響を与えたといわれている。両者の立場が逆点するが、歴史により又その人の存在が認められた事に興味がある。
備考:NHK'13.6.9.と15.の小栗上野介の話に、歴史上世の中に残さなければならなかった人物が、歴史上から消された人が他にも数多くいたのだろうと思った。叉、彼の妻を演じ、NHK篤姫でも滝山の役をこなした、稲森いずみさんの美しさが印象に強く残っている。2013年6月17日
2、NHK番組で、近衛文麿のお孫様が歴史上の人物であるおじい様の文麿を語る話が出ていた
アメリカとの戦争はどうして避けられなかったのか?アメリカの教育を受けた文麿がアメリカの大きさや強さを色々の意味で知っていたではずであるのに?なぜ?その後の政治家としても影響を与える力があったはずであるのになぜ?。矢張り軍部の動きを抑えることが出来なかったのか?と言う話である。近衛文麿は自分以上にアメリカを知っている人は他にいないと思ったことや、開戦前ぎりぎりまで、ルーズベルト大統領と会い戦争回避の会談をやろうとした事である。しかしその考えている事が軍部に知れることを恐れた近衛文麿が一人のアメリカの外交官にこの計画を話しただけでアメリカに伝わらなかった為、この事も原因で日米との第2次世界文大戦は起こったといわれている。一番の原因は東亜新秩序構想がアメリカの世界戦略に影響した事、特に日本の南下政策の結果がアメリカの日本への石油禁輸にあることを日本政府は全然気が付いていなかったといわれている。
上の2つの話は実に興味深いものであった。人の誤解や情報の漏れや間違った風潮等により歴史上に影響を与える事なく、なくなられた事実等、歴史の皮肉を135年後、60年後知る事に成る。
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