散歩道<1681>

                      経済気象台(141)・地球温暖化防止へ向けて

 迷いが生じると、新たな発想を求めて、ときおり愛読書を読み返す。その1冊に、「仏教による経営革新」(吉武孝祐著・ソーテック社)がある。1987年に書かれた本だが、いまでも示唆に富む言葉が随所に見られる。「今や、経営にとって人間尊重とは、何かに代わって、人間にとって経営とは何かが問われる現代である」とのべている。果たして企業経営は人間にとってどれほどプラスになっているだろうか、改めて問い直しえみる必要がある。今日企業は自由競争に勝ち残るために、コスト削減に懸命の努力を重ねている。自由競争とは、実に無常な弱肉強食の論理である。その上、人や仕入れ先に対する思いやりがなくなってきた。また、同書は経営革新を図っていく上で「国際競争力の座標軸を自由競争から、自由共生への転換」に目を向けるべき時代である、としている。「奪い合う自由競争から、分かち合う自由共生への転換は最大の課題である」と、問題提起している。考えてみると、コスト削減の競争を続けていくにも限界がある。とくに、中小企業は限界にきているのではないか。名古屋のある有力企業の1社員が協力工場を訪問すると、その工場は社員をトイレに隠すという。合理化余地を指摘されるからである。もとより自由競争なくして進歩はありえないが、下請け価格の切り下げによって大企業の利益を確保するのではなく、利益を分かち合う経営を実現していくことが大切である。共生とは仏教用語であるが、どのようにすれば共に生きることが出来るか、その難しい方策を日夜真剣に追求して行くことが共生である。それは観念の世界ではなく、地球環境との共生が切実になっているように、実践の時代に来ている。今日、ビジネスに人間性を求めるのは、果たして無理なことだろうか。

'07.2.27.朝日新聞