散歩道<1669>
異見新言・言論の行方(2)・匿名「世論」が動かす社会 (1)〜(3)続く
ネットなぜ気に
あらためて見回してみると、特に今の40代前半以下の書き手には、匿名のネット世論を気にしているような人が少なくない。それも作家や評論家の人だけでなく大学教員まで。
作家や評論家の人は不特定多数の読者が相手だ。匿名の反応を気にせざるをえないが、大学教員は固定給である。極端な話。世の中にウケなくてかまわない。むしろ固定給とは、身近な、短期間の評価を気にせず、長い目で見て仕事をしろという注文なのに、なぜ気にするのだろう?
もちろん、本でも書評でも、書く以上、読者の反応は気になる。私も以前は、読んでくれた人の反応をネットで「調査」して、読者対策につかってきた。けれども、だんだん嫌な感じが募って、覚悟を決めて無視することににした。
それに1つには、私もネットで。匿名で書くことがあるからだろう。後先を計算せず、気ままにのびのび書ける。そういう書き方も好きだ。
だからこそ、そこに書かれるのは好き嫌いでしかない。それで十分な場合も多いが、例えば政策や社会のしくみや評価の仕事には、自分も他人も等しく関わる。そこで何が良いか悪いかをいうときは、好き嫌いを超えて、自分にも他人にも等しくあてはまる客観的な根拠が必要である。自分を安全圏におく匿名ででは、どうしてもそこが甘くなる。
自分も他人も対等で、それゆえ客観性が要求される。それが言論の書き方で、だからこそ、のびのびと好き嫌いで書くのと変に混ぜたくないし、混ぜるとやばいとも思うのだが、そういう距離感はもはや常識ではないようだ。
'07.4.14.朝日新聞・東京大学准教授・佐藤 俊樹氏
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