散歩道<164>              ドイツと音楽
         ドイツ・ライン河のローレライの城を船から見上げたもの・観光船は世界の観光客でにぎわう

1、ドイツ人は日本人に対しては親近感を持っていることが解る。ツアー旅行でもあったのだが、地方の空港に降りると、日本人の団体と解るとパスポートの提示にはほとんど関心を示さず、はいどうぞ!という感じでそこを通してくれる。特に田舎へ行けばどの国でも同じかもしれないが純朴な感じと、身体的に大きいこともあり信頼感を自然に感じる。地方を旅行すればそこで作られた野菜や特性のハムやホンデユー料理で家族の説明を聞きながら食事をすることになるこれが又、楽しい旅行の喜びである。

2、ライン河下りには世界からの観光客とドイツ人が同じ舟に乗り合わせることになる、両側の風景の中で旧い数々の大小の城が見られる。昔小学校で聞いたローレライのメロデーが懐かしく昔を思い出されて、ここを表現した歌なのか?と嬉しさがこみ上げて来る。この船上で、戦後日本駐留していたというアメリカ人3人に会って話したことも懐かしい。

3、ハイデンベルグやローデンベルグなど昔の建物が写真で見た通りのままに立っている。ガイドがその城や街の歴史の説明をしてくれるが、300年〜400年前の時代にタイムスリップして、日本では誰の時代かと置き換えて考えてしまう習慣が消えなかったのを思い出す。


4、ドイツ人の中には音楽とか美に対する熱狂的な感受性がある。ドイツ人は集合するときも自分達が労働に出かけるときでもあらゆる時に音楽を必要とした。ナチ収容所に労働に出かけるときでも帰って、入ってくるときも音楽に歩調を合わせる。一方で窓の外を大量殺りく場へ向かう列が続いているその中でこっちのほうではモツアルトに感動して涙を流すことが出来る。土曜や日曜に労働に出かけるときでもコンサートをやってモツアルトやバッハをやったりする。それでナチのゲシュタボ、親衛隊の若い将校たちは本当に涙を流して音楽を聴くわけです。ナチでさえ音楽を愛する気持ちがあったからと。(ユダヤ系フランス人で強制収容所に入れられて、自分はテストを受けて管楽器をやる人間のグループに入った作家からの報告です)(小泉文夫様と五木寛之様の対談から)