散歩道<1614>

                    私の視点・医師・医学教育・痛みのわかる医師養成を(2)   (1)〜(2)続く 

 しかし、日本の次世代の医療を担う医学生のほとんどは、その「痛み」を理解していないようだ。医療は特殊な訓練をつんだ医者にしかわからず、医者はふつうの市民とは違うという錯覚したエリート意識が見える。その結果、自分のまわりにふたつ壁を築くことに夢中になっている。
 ふたつの壁とは、医師の診断には患者は何も言えないという「白衣の壁」と、近所の「○○ちゃん」も医学部を卒業して医者になると「××先生」と呼ばれる「権威の壁」である。これらの壁が日本医療社会全体を覆っている。
 ひとりの社会人として必要な知識や教養が不足している医学生も少なくない。ある医学生が私に質問した。年配の韓国人や台湾人の人が日本語がうまいのはなぜですか」。別の医学生は、太平洋戦争で激戦地となったフイリッピンのレイテ島の存在を知らなかった。いま日本社会では、ほとんどの医学生は、厳しい現実に直面していない。医学部の受験勉強に追われて、歴史や地理を満足に学ばず、世間のありようも知らない。
 日本では貧困や困窮は珍しいが、アジアやアフリカでは日常的だ。医学生は豊富な物に囲まれてテレビを見る暇があるなら、アジアの村々を歩けばよい。人々が一心に働く姿を目の当たりにすれば、少しは「痛み」に近づけるはずだ。
 日本は、経済的に繁栄しテクノロジーは発展したが、家族や地域のもっていたパワーは失われつつある。少子高齢化社会が進行し、一人ひとりの尊厳を守りながらどう見送るかが、社会全体の大きな課題となっている。だからこそ、心のケアまで含めた本来の医療を実践できる医師の養成こそ急務ではないか。その方針に沿って、医学教育を基本から見直すよう心から期待している。
(原文英悟)

'02.3.27.朝日新聞・医師(東京在住)・スマナ・バルア

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