散歩道<1576>

                  鶴見俊輔さんと語る・生き死に学びほぐす(5)・・・  
  対談相手医師・徳永進さん       (1)〜(5)続く

人間は死ぬときに、だれになるのか。さまざまな死と向き合う地域医療にとりくむ医師・徳永進をむかえ、哲学者の鶴見俊輔さんは、生き死にを「学びほぐす」ことの大切さを説いた。矛盾に満ちた人生の中から自分を救い出すことが出来るだろうか。

 徳永 鶴見さんご自身の死生観はどうですか。
 鶴見 アメリカから帰り、海軍軍属になった私は、カリエスで海軍病院に入院していた。周りはみんな日本必勝の信念を持ち、私は不正義で必敗と思っていた。死ぬのが怖いのと死んでもいいという気持ちが振り子のようにゆれた。その前にアメリカで喀血してスピノザやショーペンハウエルを読みながら、これで一人で死んでいくのだと思い、死についての文は暗記してしまった。このときは怖くなかったのに、振り子のようにゆれるのはとてもつらかった。
 徳永
 死が来る時肉体としても滅んでいくんだ。それでよし、という境地になるんでしょうか。
 鶴見
 老いが死の恐怖を弱めるのは確かでしょう。それだけで長寿は値打ちがある。私は自宅で一人で死ぬのがいいかな、最後の一息まで不良少年として生きたい。だが、死がパッと向こうから来て切られるのは仕方がないね。
 徳永
 死亡診断書に死亡場所として記入する場は病院、診療所、老人施設が多い、その他の場所もあるのに。現代の死の迎え方さえ画一化されてしまっている。長く農業をしていた男性患者さんが入院していて、「家に帰る」というので息子さんらと一緒に帰ったことがあります。雪の深い山の家で、「この雪をみてみ」という表情は、診療所での患者の顔とまったく違った。人間としての誇りが感じられました。診療所に戻った男性はとても落ち着いて最期を迎え、息子が山の水をガーゼに含ませて口をしめらせました。誇りを持った表情で死を迎えられたと思いますね。
 鶴見 人はそれぞれに死に方がある。あらゆる人間は死ぬことによって偉大だ。偉大な先輩だ。


'06.12.27朝日新聞・鶴見俊輔さん医師・徳永進さん  

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