散歩道<1574>

                  鶴見俊輔さんと語る・生き死に学びほぐす(3)・・・    対談相手医師・徳永進さん       (1)〜(5)続く

人間は死ぬときに、だれになるのか。さまざまな死と向き合う地域医療にとりくむ医師・徳永進をむかえ、哲学者の鶴見俊輔さんは、生き死にを「学びほぐす」ことの大切さを説いた。矛盾に満ちた人生の中から自分を救い出すことが出来るだろうか。

現場は矛盾多い。マニュアルにないことが大事(徳永
○ ○徳永 
勤務医時代のことです。死が避けられない末期の患者に心臓マッサージを懸命にしている人がいる。救命救急士の息子が、おやじにしてやれるのはこれだけだといって続けている。父親はもうなくなっている。看護師の「お父さんはよくがんばられました」という一言で、息子はやめた。がん末期に本格的なマッサージはしない流れができていて、あり得ない光景だと思っていた。だが今思えば、そこには、違う光景があった。いろんなマニュアルが出てくる。昔は、がんは言うな。今はインフオームド・コンセント(説明に基づく同意)。DNR(蘇生処置をしないこと)。海外からマニュアルが持ち込まれるたびに、国は指導をとの声が出る。しかし、医療の現場は矛盾だらけだ。マニュアルにないことが意味をもつ。患者、家族は間違わない。間違うのはマニュアルを持つ医療者だ。
 鶴見 第2次大戦中、米ハーバード大学生だったころ、後にノーベル賞を受ける哲学者が「疲れて家に帰ったとき、自分が言ったことは全部間違いだったと思う瞬間がある」といったのをこの耳で聞いた。「言うこと全部が間違い」と言うこと自体が矛盾だが、学者としてではなく人間として生きるときには、その一瞬の感情を否定できないんだ。哲学者ホワイトヘッドの講演も聞いた。「精密であることは、つくりもの
(フェイク)だ」と言った。矛盾のないことを目指す記号論理学体系の「プリンキピア・マテマティカ」の共著者2人が、ほぼ同時にこう語っている。
 徳永 
矛盾はすべてに起きる。正義がどちらにあるか決め付けてはいけない。鶴見さんが書いたものから伝わる「押し付けない、抑えつけない、決めつけない」でなければ、と日々感じる。ところが今、医療も患者の意思を尊重するなどよくなってきているが、これがよいからこうしなければならないと、たる詰めになって閉ざされている。医療も教育もマニュアルが現場に下りてくるときにはそうなっている。現場では、その画一化からはみ出す「その他」が必要なのに。


'06.12.27朝日新聞・鶴見俊輔さん医師・徳永進さん 
 
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