散歩道<1544> (1)〜(5)
鶴見俊輔さんと語る(4)・核と戦後民主主義
戦後の焼け野原の風景が、憲法の前文・9条につながった(鶴見)このままだと、核という魔物に乗っかった平和しかないことに(姜)
鶴見 私が通った小学校の話だが、算術の時間に先生が黒板に円を描き、同じものを描きなさいといった。一人だけ、真っ黒にぬったなかに白く円を残して描いた。答えは1つじゃない。いくつもあって、それが思索というものなんだ。しかし、学校では正しい答えは一つと決めてしまう。概念をきれいに詰めて積み上げる。そこでは混沌とした部分は切り捨てられる。残滓のないまま、箱を積み上げていくと効率はいい。しかし、最後は戦争になるんじゃないのか。
妻 60年代私は自分が劣っていると苦しみました。在日の作家、金達寿さんと食事をしたとき、「はしの持ち方がおかしい。朝鮮ではそうしないよ」といわれた。かちんときたけれど、それは金さんのプライドですね。68年に旅館に人質をとって立てこもった金嬉老事件が置き、自分たちは潜在的に犯罪者ではないかと大変なトラウマになった。勉強してその世界から離れたいと思った。母親は。大学をでても就職はない、それよりプロ野球の選手になれといった。憲法に「日本国民は」とあるのを読んで。日本国籍がない在日は年金など国に面倒を見てもらえないから、現金がないと将来は考えられないと親が言った理由がわかった。憲法や戦後民主主義は自分たちと違う世界なんだ、と。
'06.10.24.朝日新聞・鶴見俊輔さんと政治学者・妻尚中さんが語る
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