散歩道<1514>

                    袖のボタン・歴史の勉強(3)          (1)〜(3)続く

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 ここで話は1世紀以上も前に遡る。19世紀の末、世界史は大きく転換して、新しい時代に突入した。それまではせいぜい一国単位だった空間が地球規模に変わり、人口が激増した。科学技術の突然の発達によって、豊かな地域と貧しい地域との差が生じた。当時、西欧と北米以外において、工業国ないし工業化途上国は日本しかない。日本が例外になることができたのは、明治維新とそれに続く近代化のせいである。これは日本人全体の偉業であったが、しかしその近代化は、小作制度による収奪、君主の神格化による恫喝
(どうかつ)政治その他、多くの悪弊を含んでいた。1945年8月にはじまる変化は、日本の近代化という世界に誇って差し支えない仕事の仕上げにあたるもので、それがかなりうまい具合にいっていることは、いろいろな分野の現況を見てもわかる。
 たとえば、社長や会長などが並んで低頭している。影像は最近のジャーナリズムの定番だが、あれは主として
*2内部告発やリークの結果だろう。ついこの間までは所属する会社や官庁に対する裏切りと意識されていたのに、封建制的=家父長制的な義理よりも公共の利害を尊ぶ倫理観が勢いを得たのである。つまり国民のモラルが改まった。もう一つ。閨秀(けいしゅう)による新文学の充実。男の作家達の小説革命が一段落したあとで、今度は才女たちが別口の展開を試みた。業界の約束事にこだわらず、純文学と娯楽ものの境界を取り払い、新しい社会の感受性とつきあった。
 男の作家達の方法意識やイデオロギーに付きまとう堅苦しさを捨て、リアリズムにちょっと背を向けた作品に、身近な抒情性
(じょじょうせい)とユーモアを盛った。女性解放と女子高等教育が長い歳月の末にあげた収穫である。いちいちこんな調子で、日本人は六十年がかりで成果をあげている。「美しい国」などと言って昔にあこがれ、もしできることならタイムマシーンに乗って旧憲法のころの日本に帰りたい人たちには、見えないに決まっている。

'07.1.16.朝日新聞 作家・丸谷才一氏

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