散歩道<1513>

                    袖のボタン・歴史の勉強(2)          (1)〜(3)続く

  ここで思い出されるのは戦後日本における自民党の長期支配のこと。ごく短い中断を除いて、半世紀以上にわたり国政を担い続けてきた。しかもそのうちかなりの期間は単独政権という形で。さほど有能でもなく、まして清廉(せいれん)では決してない政党がこれだけ長持ちしたのはなぜなのか。これも難問だが、フランコ政権の場合を頭の隅において考えれば、直前の軍人支配(すくなくとも1931年の満州事変から45年の敗戦まで)と比較してかなり(いや遥(はる)かに)ましだったから民衆に支持された、といえそうだ。つまり自民党のもたらした平和と繁栄、基本的人権と言論の自由、民主主義男女同権が十数年間(或はそれ以上)にわたる貧困と耐乏と恐怖の思い出のせいでぐっと有難いものになるわけだ。現代日本人は素直に実利をよしとしたので、これは健全な判断だったと思う。しかし不思議な話だが、自民党のかなりの部分がこのことに気づいていない。自分たちの成功を分析する能力が欠けているらしく、逆に、何かというとかっての国のありようを懐かしむ傾向がある。例えば愚かしい侵略戦争だったものを言い繕おうと苦心するし、詫(わ)びるしかなくなると意味不明な言葉づかいをする。戦争の犠牲者に哀悼の意を表する手段としては靖国神社しか思いつかず、若者達や娘たちの倫理と風俗を憂えるとき、拠(よ)るべきテクストとして持ち出すのは教育勅語である。言論の自由を否む野蛮な行為を咎(とが)めるようともしないのも、心のそこではあの種のことをよしとしているせいか、とにかく歴史の勉強が全くできていない。

'07.1.16.朝日新聞 作家・丸谷才一氏

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