散歩道<1512>

                    袖のボタン・歴史の勉強(1)          (1)〜(3)続く

 スペインのフランコ政権が弾圧と腐敗で名を売ったにもかかわらず、そしてこの独裁者はカリスマ的魅力のまったくない「面白くもおかしくもない秀才」(色魔力男)だったのに、1938年から75年まで40年近くも倒れなかったのはどうしてか。これは現代史の謎の1つなのだが、斎藤孝さんはこう答える(『「スペイン・ポルトガル現代史』)(1)スペイン国民は悲惨な内戦に嫌気がさして、もう政治的闘争を望まなかった。(2)フランコは人民戦線派と対立するいろいろな勢力(軍、警察、王党派、ファシスト)のバランスをとる、寄り合い世帯をうまく纏めた。(3)カトリック教会と中がよかった。(4)対外政策で、独伊との関係に深入りせず、ラテンアメリカ諸国とも無難に付き合い、アメリカ合衆国に接近した。

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 その通りだろうが、私としてはもう一つ、たしかイギリスの雑誌で読んだ、それに先立つ歴代の政権
(プリモ・デ・リベラの軍事独裁政権,、第二共和政、人民戦線政府)にくらべればまだしもましなので民衆が我慢した、という説が忘れられない。政治的現実の急所を抑えている気がする。
 
'07.1.16.朝日新聞 作家・丸谷才一氏

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