散歩道<1498>
経済気象台(124)・国づくりの前に人づくり
「我が社は、物つくりの前に人づくりをする会社です」とは、松下幸之助翁の有名な言葉である。多少キザな感を抱かれる向きもあるかもしれないが、徒手空拳、ゼロから仕事を始めた翁にしてみれば、実感そのものであろう。創業当時の大阪の小さな町工場に、出来上がった人間がやって来ようも無い。縁故で集めた若者を手ずから育成せざるを得なかった。翁は「人には必ず何らかの美点があるものだ。それを見いだしてやるのが上の人間の最も大切な仕事だ」とよく語った。教育の神髄を付いた言葉と言ってよい。教育は英語で「education」*1である。それは「educe」(引き出す)という行為を意味する。教育の本義は、走るのが好きな子はより早く、数学の好きな子はより難しい問題を解かせると言う具合いに、それぞれの子供の才能を引っ張り出してやることだ。ところが、日本の教育は長い間、他人との違いを否定しがちだった。運動会ですら競争の順位をつけるのは教育上好ましくないなどとされる始末である。競争や好奇心を否定して、子供のやる気は生まれないだろう。もっとも、責任を教育現場だけに押し付けるのは酷かもしれない。科学技術立国を掲げるこの国で、安倍内閣の閣僚18人のうち理工科出身者はゼロである。中国の中央政治局常務委員は9人全員が理工科出身なのに比べ、この国の理工科技術者の位置づけの低さがわかろうと言うものだ。最近、子供たちの理科離れに危機感が強いが理科を学ばぬ子供は社会の反映でもある。立身出世もしない、待遇も恵まれない、というのでは技術者を志す子供は少なかろう、技術立国は、才能を引き出す工夫に加え、技術者を大切にする社会があってこそ達成できるものなのだ。「美しい国」を目指すなら、基本は「人づくり」である。
'07.1.16.朝日新聞
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