散歩道<1487>
経済気象台(121)・ガラガラポン
「ガラガラポン」という表現は誰が言い出したものなのだろうか。余り上品な響きではないが、言いえて妙なところがある。第2次世界大戦に破れた直後の日本は、まさにガラガラポンだった。占領軍によって、当時の日本に君臨していた政界、財界の大物はほとんどが追放されたのである。そのため、「これは占領軍による陰謀で、日本は再び立ち上がることは出来ないだろう」とささやかれたものだ。追放されたトップの後には、本来なら地位につくのは早い、比較的若い人たちが昇格した。「三等重役」と比喩されながら、その後の日本は、危ぶまれた若手によって世界に誇るべき復興を成し遂げた。戦後60年、だいぶ垢もたまってきた。再び、ガラガラポンと体制を一新する時期かもしれない。住友の第2代総理事、伊庭貞剛(1847〜1926)は、「事業の進歩発展に最も害をなすものは、青年の過失ではなく、老人の跋扈(ばっこ)である」と喝破し、自身も57歳で引退した。では、ガラガラポンで引退した老人はどうしたらよいか。不要な存在なのかと言われれば、決っしてそんなことはない。老人のやるべき第一の仕事は「哲学者」になることである。簡単にいえば「小言幸兵衛」になるということだ。自らの経験を生かして、若い人たちのよきアドバイザーなることである。自分の所属してきた枠を越え、社会へのよき批判者になり、奉仕者となることだ。米国のシリコンバレーの若き成功者の影には、経験豊富な年配スタッフ「グレー・パーソン」の存在があるといわれている。こうした老賢者の知恵を借りようとしないアントレプルナー(起業家)は、ブレーキの利かないダンプカーのようなものだ。うかつに近寄ると危なくて仕方がない。自らの役割を心得たうえで、老人の奮起を望みたい。
'05.12.15.朝日新聞
備考:このいい文章を得て、自分を年寄りとは考えていないが、実数で散歩道は(1450回を越えた、切れのいい回数で)現在1438番、今までの文章を見直してみたい思います。
備考:不思議なもので、ここらで一服と思っていると、世界は広く、又グローバル化しているためか、日本人として傍観しておれない問題が、次から次へと出てきて休んでいるわけにはいけない状況が続いている。2008年12月19日
備考:この言葉、実は珠算の”ごはさんに願いましては”に通じる言葉だと思っている。要は、真白な状態で最初からやり直そうと皆が納得している言葉なのである。日本人は元々この言葉が好きなのではと考える”七転び八起き”と、失敗を恐れず、繰り返し、何度も挑戦してその暁に、結果が出せたら、それは実に結構なことだと皆が認める国民なのである。2012年8月25日