散歩道<1426>a

                  面白い文章(36)・面白い話・大集合(521)・1939山本五十六の言葉:今の若い者はなどとは申すまじく候、                         

山本五十六の言葉:
1939 今の若い者は」*2とか、「きょうびの若者は」という言葉は、人類の歴史始まっていらい、洋の東西をといわず、年寄りという年寄りが繰り返し、若い者への失望、非難、或は羨望を込めて使いふるしてきた。これは、伝聞に属して不確かな話だが、紀元前の楔形文字*1で書かれた古文書にも「今の若いものは」という年寄りの決まり文句が発見されている。上記の「今の若い者はなどとは申すまじく候」と山本五十六が手紙に書いたのは、昭和16年(1941)真珠湾攻撃の後だから、明治17年(1884)生まれの山本は充分に年寄りだった。その年寄りの言葉として見るとなかなか面白い、真珠湾攻撃にしても、その後の南方経路にしても,初戦は日本軍が大勝利を納めた。指揮をとったのは年寄りだが、実際に戦ったのは「今の若い者」であり、戦死したのも多くが「若い者」であった。「申すまじく候」という時、連合艦隊司令長官としての山本元帥のよく戦った若い兵隊への思いが、簡潔に表現されているのではあるまいか。左 侑子さん
2006年12月11日


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備考:開戦前、アメリカを視察していた彼はその国力の差の大きさは10倍を越すものと理解していた為、アメリカとは絶対に戦争をしてはいけないと強く感じていた、例え奇襲作戦で初戦に勝利しても日本が勝てる自信があるのは1年以内(近衛文麿首相との会談でも)というようにその時でも判断していたようだ。
備考1、:航空隊に一時席を置いたことも、真珠湾攻撃の戦略と関係があると思う。
備考2、:当時の海軍、陸軍とも中枢部は、戦争に反対する人に対して、中央からできるだけ遠ざけるような対応をしたことが、戦争継続の意見を終戦まで続けることにつながり、敗戦の要因になったと考えられる。2011年3月27日