散歩道<141>
                        美術(絵画)・花鳥風月図           記述を羅列しました
                                 
1、日本美術は仏教を基盤として発展した

2、 752年東大寺に大仏殿建立、迦陵頻伽(かりょうびんか)人と鳥の絵が描かれており、極楽浄土を描いたものである。唐招提寺には、かせん(絨毯)唐花紋で、ホウソウげの花が幾重にもぼかした色で描かれている。色も鮮やかで、香りもいい、極楽浄土を表したものであろう。羊の樹皮の葉っぱの同じ模様がスタンプによって作られ量産化されていることがわかる。図柄模様は日本流に優しいものに変えられている。2008年1月15日追加

3、飛鳥、白鳳、天平の200年間中国から大和絵(宗教色を払拭した)国際的な文化として仏教を受け入れた。これが平安朝の日本美術です。平安朝の美意識が確立されたのは、古今和歌集から恋とか四季が中心。それまでは中国文芸(史記、長恨歌)。瑞花双鳳の唐鏡の(中国の想像上の)花や鳥は、松や鶴に置き換えられた。伝来した仏画の唐草模様は、松、山吹、桜、藤、萩、菊等日本の自然風物に見られるものになり、左右の鳳凰も尾長鳥、鶴、千鳥、鴛鴦、すずめ、雁(平安時代)になっていく。羊ろうけつ狩猟模様でグロテスクな華やかなもの等、ササン朝ペルシャの文物が唐から遣唐使によって伝えられる。シルクロードのオリーブ・インコ、鳳凰の花喰鳥模様は、松、鳩と鶴に日本にきて代ってくる。2008年1月15日追加

4、源氏物語は浄土を夢見る貴族たちの理想の世界であり、自然の風水月を友としてみる。日本人は小鳥や花等、四季の花鳥を題材として描いた屏風が多い、日本の自然の美しさを装飾的な要素を強く表現した。

5、豪華絢爛な金碧障壁図、墨の幽玄的な世界と光と影との関係のように、絢爛豪華の次は淡色のもの、極彩色の次は線抽なもの、歴史的な次は世俗的なものとなる。平安時代の美意識は「あはれ」「をかし」が中心になっている。色彩的には構図的にも現実に無頓着で、より感覚的な美しさを求めている。 日本の場合は線にものをたくして表現する。表現が絵画と模様が渾然と融合している。

6、人、歌、恐れ、祈り、雅、里、戦、装、旅、愛、恨、嫉と楽、遊等が題材の中心である
当時の貴族の生き方の表現です、私の印象では心の描写が歌の中心のようです。

7、中国では詩、書画が一致して山水画の長巻のような図巻が出てくるとき、物語にならず、自然を描くもののほうに集中していた。水墨画家は絶対的に物語絵は描かない