散歩道<1386>
思潮21・「時代の空気」について(4) (1)〜(4)続く
戦後を生きた日本人は、少なからず寺山修司が「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」と詠んだ問いかけを自問自答しながら生きてきた。それは、決して祖国を愛さない「非国民」的な心象風景ではなく、むしろ「身捨つるほどの祖国」への希求を潜在させた熱い思いを象徴しているとさえいえる。戦後60年、封印されてきたナショナリズムが外部環境の変化にも触発されて解き放たれ、行き場を求めて彷徨(さまよる)っている。一人の大人として、若者に「国を愛すべきだ」と語るのではなく、愛するに値する国を作ることに責任を共有せねばならないと思う。大人があるべき社会への理念を胸に真剣に汗を流す姿勢をみせずして、若者の社会参加を語ることはむなしい。
私は、真珠湾攻撃の起案者として不本意ながら対米戦の火ぶたを切ることになる山本五十六*2連合艦隊司令長官がワシントン駐在武官時代に故郷の恩師に送ったポトマック河畔の桜*3の絵葉書(えはがき)に書き添えた言葉を思い出すことがある。「当地昨今吉野桜の満開、故国の美を凌(しの)ぐに足るもの有之(これあり)候。大和魂またわが国の一手独専にあらざると諷(ふう)するににたり」
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当たり前の事実にすぎないが、何十年も世界を動き回ってきて実感することは、いかなる国においても、いかなる状況下でも、人々は自らの国、民族に誇りを抱き、幸福を希求しているということである。間違っても、自分たちの愛国心が優越していると誤認すべきではない。しかも、世界は特定の超大国が価値を押し付けることの出来る状況にはなく、それぞれの自己主張を前提とした全員参加型秩序に向けて変りつつある。だからこそ、筋道の通った主張への情熱と自らを客観視する冷静さが同時に求められるのである。
'06.10.2.朝日新聞・(財)日本総合研究所会長・寺島実郎氏
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