散歩道<1353>
経済気象台(78)・ファージの効用
現在の情報化時代の基盤はデジタル技術である。それは「イエスかノーか」「0か1か」の2価値の論理から成り立っている。しかし、この宇宙のもろもろの現象は「0か1か」で割り切れるものではない。例えば、背の高い人を定義しようとすると、デジタル的には「身長180a以上を高い」と定めることになる。当然「では、179.99aは高くないのか」という疑問が起こる。同じ様なことは日常のあらゆることに起る。とても「イエスかノーか」で判断できるものではない。このようなデジタル技術の限界を指摘したのは、カリフォルニア大学のザデー教授であった。彼はデジタル社会への反省を込めて65年、現在、「ファジー(あいまい)理論」と呼ばれる考えを提唱した。ところが、米国のデジタル化の流れの中で、人間の感覚や勘に着目した彼の理論は無視された。これを取り挙げて、現実の商品へとつないだのは日本である。産学協同のもとファジー(あいまい)理論は今、洗濯機、エアコンなど多くの分野で使われている。筆者がザデー教授に会った際、教授は大変喜んでいたが、「ただ、ファジーの名はちょっとね。『賢者または知性の論理』と呼んでもらいたいものだ」と語っていたことを思い出す。どのように呼ぶにしろ、この論理は、西洋にない、東洋の知恵を表現しているように見える。日本で実用化され、流行語となったのも故なしとしない。ところが、この数年、小泉内閣の出現とともに、「正か邪(じゃ)か」の極めてデジタル的論理がまかり通るようになった。国民の多くは明快さを新鮮と感じ、この内閣は長期にわたり高い支持率を記録した。成果の評価は後世にまかせるにしても、社会は少しぎすぎすしてきたようだ。ここらでそろそろ、ファージの効用を考えるべき時に来ているように思われる。
'06.10.17.朝日新聞
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