散歩道<1345>
夕陽忘語(4)・核兵器三題 (1)〜(4)続く
私はヒロシマの焼け跡を思い出した。そこでは道路の網の目と区画、黒い瓦礫の平面がどこまでも広がっていた。焼けて一枚の葉もつけない立ち木が何本か残っていた。コンクリート建築の廃墟の壁も、所どころに見えた。しかし何よりも平面、全てが焼きつくされ一匹の蟻も這っていない、一匹の蝿も飛んでいない。生命の痕跡も残さない平面の拡がり、・・・かってはそこに広島市があったのだ。金持ちや貧乏人、徴兵された兵隊や郵便配達の少年、学校の教師、子供たち、その親たち、犬や猫がそこで生きていたが、彼等は一瞬の裡(うち)に消えてしまったのだ。一瞬の裡に何万人の人生が、何の理由藻なく、全く突然に。私は爆発の時に広島にいたのではない。爆発のあとの焼け跡を、かって市民たちが生きていた空間を見たのだ。その焼け跡にはケロイドが羽織ったボロの間から見える男女が、ゆっくり、音もなく、滑るようにさまよっていた。その光景の全体には音がなかった。その沈黙の空間は永遠に沈黙しているかのように感じられた。
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私は死にどういう意味も見いださない。なぜ彼が、彼女が、死ななければならなかったのか、理由はない。理由があるとすれば、生きている理由だけだ。私は多くの価値を相対化する。広島の焼け跡を見ながら、どうしてそうしないことができようか。しかし生きていることそれ自身だけは例外である。何かに意味があるとすれば、今ここに生きていることの他にあるはずがない。と私は考える。そして戦争に反対する。
'06.10.25.朝日新聞・評論家・加藤周一様