散歩道<1342>
夕陽忘語(1)・核兵器三題 (1)〜(4)続く
核兵器の歴史も今では半世紀を超える。その間に米ソ間の「冷戦」がはじまり、終りに、最近朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮)の核兵器の潜在的脅威が語られている。新聞雑誌の記事を拾い読みしながら、私は昔を思い出した。思い出の一つは「第二撃能力」という言葉である。昔は核兵器についての議論の三度に一度はこの言葉を使っていた。今ではめったにおめにかからない。さればこそたまたま米国の新聞記事の中でこの言葉に出会った時、懐かしく感じたのである。 「ナツメロ」のひそみに習えば「ナツカク」とでもいうべきか。
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その意味は単純で、外国から核攻撃を受けても破壊されずに残った核兵器で、相手に報復できる能力のことである。その能力が十分に大きければ、いかなる外国も自らを破滅させるような報復は避けて、「最初の攻撃をしないだろう(抑止力)。二つの超大国の第二撃能力が釣り合っていれば、どちらが先に攻撃しても双方が亡びる(「相互に確実な壊滅」略してMAD).。これはいわゆる「恐怖の均衡」による冷戦時代の「平和」である。その後、冷戦と共に核武装均衡も破れた。二大国間の核武装競争(量的及び質的)の代りに、小国の核武装現象、同時に紛争の地域化現象がおこった。核戦争の確率は増大する。それに対抗するための国際協力が、核不拡散条約にあらわれている(NPTと略語)。第二撃能力を持たない核武装の小国が、強大な第二撃能力を備えた大国を先制攻撃することは、全くありそうもない。逆に大国の武力介入を抑止するために小国の核兵器が直接役立つこともないだろう。
'06.10.25.朝日新聞・評論家・加藤周一様
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