散歩道<1325>
                CM天気図面白い話・大集合(499)・1923・・カタカナのワナ

 1923ケータイのCMが多い。携帯番号のポータビリティー制が始まってきたような気がする。で、きょうはケータイのCMのことについて書くことにする。といっても、ポータビリティーがいいとか悪いとか、そういうことではない。「ポータビリティー」という言葉についてだ。ケータイの会社を変えても、いちいち番号は変えないですむという制度自体はいいけれど、なんでそれを「ポータビリティー」なんてカタカナ英語で言うのか。ま、外国から来た事物をあえて日本語に訳さず、そのままカタカナで言いあらわすやり方が、すべていけないとは思わない。むしろ、それは日本人のすごい発明であり、知恵でもある。だから、「パソコン」とかはいいとしても、「ポータビリティー」はないんじゃないの?電話番号の「持ち越し」制とか、「そのまま」制というんじゃどうしていけないのか。ま、もともと、カタカナを乱用して「新しさ」を偽造するのは、広告のお家芸である。けさも新聞に入っている百貨店のチラシを見ていたら「いま、メンズスーツのニュートレンドは、スリムなシルエットとシックなハーモニー」なんて書いてあった。が、そんなことばに人々がひっかかる時代は、とっくに終っている。わざわざ「ポータビリティー」なんてカタカナでいうのは、いまはもう、逆に古くさいのだ。ついでに言わせてもらうと、カタカナには、モノを見えにくくするというか、ものにオブラートをかけてしまう危険もある。ゆうべテレビを見ていたら「ワーキングプア」ということばが出てきた。画面の下に「ワーキングプア=勤労貧民層」と出ていたからイミはわかるだろうが、なぜ「勤労貧民層」のままじゃいけないのか、そこがわからない。「ワーキングプア」なんて言ったとたんに、「貧民」ということばのもつ強さが、実在感が、薄められてしまうではないか。と言っても、ぼくは、カタカナがきらいないのではない。ただ、カタカナには危ないワナがある。カタカナをやたらに使うのは、どこかのえらい人にまかせておこうよ。
'06.10.23.朝日新聞・コラムニスト・天野祐吉氏

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備考1、:天野様の発言には全く賛成です。特に性暴力行為に対し、”強姦”を”レイプ”と言うような何とも軽い言葉を使っているが、被害を受けた女性にとっては一生精神的にも影響する被害を与えることになる。社会のこの行為に対しての対応が、甘すぎると思う。最低20年以上の罰則を加害者には与えるべきだと思っている。
備考2、:「美しい日本」を作るためには、極力カタカナや記号は使うべきではないと思う、極力、現状の言葉を増やすべきでない。

備考3、日本語には言葉一つ、一つに歴史があるが、カタカナや、ましてや記号には何も残さないもの、そのものだから。

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