散歩道<1324>

                    風知草・「美の周辺」・社会変動の狭間で消失D

 文明、文化は大きなうねりを伴って常に変化していく。時には急激な政治的変動で、社会思想が変化することもある。人々の思想や価値観、思考が変化することで、ある時には良しとされていたものが、いきなり無価値になってしまうこともある。ところが、そのうねりの真っ只中には、意外とその変化がよい方向に向いているのか悪い方向に向いているのかに気付きにくいものだ。文化の大きな変動例としては、1853年にペリ−が黒船で来日したこっとによって始まった文明開化の嵐が挙げられる。幕府は西欧文明のレベルとの格差に驚愕し(きょうがく)、自国の文化にコンプレックスを抱いてしまった。結果として、西洋に追い付こうという、西欧化思考の強い政治社会思想が現れた。それは着衣や日常生活の習慣にまで及ぶもので、ちょんまげを切り、「散切(ざんぎ)り頭を叩いてみれば文明開化の音がする」と言われるような現象を引き起こした。また、明治元年の政府による神仏分離令の布告で混乱が生じていく。神道が国境として保護されると、それは必ずしも佛教排斥という意味ではなかったにもかかわらず、民間の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の嵐を生み出し、日本固有の佛教芸術は、いきなり破壊の対象となってしまった。当時日本に存在していた尊く美しい数々の仏像は、廃仏毀釈の嵐と、極端な西欧化賛美の社会風潮の狭間で失われてしまった。二度と取り返すことの出来ないわが国の多くの貴重な文化財、芸術品が自国民の手によって破壊されて消えてしまったことは、大きな悲劇である。このとき、人びとはそれがいかに貴重なものであるか、一度失うと二度と復元できないものであるかを考えなかった。バーミヤンの仏像が破壊されるテレビ映像を見るとき、その愚かさを思うが、かってわが国にも同じことが起きていたのだ。日本の伝統的習慣、文化、芸術に対して、今現在も、もう少し我々は大切にする気持ちを持ってもよいのではないだろうか。美しい仏像が胴体を真っ二つに割られ、首を落とされた痛々しい姿で、薪のように積み重ねられている記録写真を見るとき、我々が二度と日本の伝統文化に対して、このような愚かな行為をしないことを切に願うものである。

'06.10.20.朝日新聞・京都国立博物館長・佐々木 丞平さん

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