散歩道<1322>

                   風知草・美の周辺・日常の視線から「華」へA
                           京都ブランド    

 京都の細い通りにある古美術商のショーウインドに、何時も古い花瓶にさりげなく野の花が生けられていた。忙しい日々であっても、野の花が季節の変わり目を教えてくれ、その花を見ることを楽しみにしていた。古い花瓶だけを見ていたのでは解からない内在した美しさを、生けられた花が気付かせてくれたりする。花瓶は花を生けることによって完成され、両者が統合されるところに美、そして文化が生まれる。京都の文化には華がある。長い歴史の中で熟成されたものには、それ自体が放つ輝きが存在する。茶道*1、華道*2、書道*3、香道等*4様々な分野の発展はそれぞれがかかわり合い、他の分野と融合することでさらに深みを増し、連鎖して質の高いものとなる。江戸時代にはこうした文化が京都ブランドとして全国に出回った。今も間違いなくそれは息づいている。我が家は夫婦ともに多忙な毎日なので、こうしたものとは無縁のようであったが、ある日、2人とも大変疲れてしまった時、家内は何を思ったのか急に植木鉢から一枝を手折って花器に入れ、友人に頂いた香を焚(た)いて、なんと手元にあったコーヒーカップにササッと抹茶を点(た)て始めた。到来物の羊羹(ようかん)を切って、山積の書類をかき分け、「さあ、日本文化の欠けらを集めた茶会にしましょう」と笑う。思わず「私も手を休めた。雑念とした場所での一服であっても、一輪の花の持つ生命観、一服のお茶がどれだけ人の心を癒してくれるものか、つくずく感じたものである。その後、幸いにも静かな茶室で湯の沸く音を聞き、亭主との会話を楽しみ、道具の取り合わせの感性や、亭主のこまやかな心遣いに深く感じ入ること時を持つことが出来た。日本文化へのほんの小さな視線を送るきっかけがあったからこそ、こうしたひと時を味わえるようになったのだと思う。遠い高見の美意識への遥かなる憧れを持ち続けることが、文化を洗練させ、継承していく原動力になるのだと思った。たとえ欠けらではあっても、それを集め、今できる範囲での文化の享受を大切にすることで、多くの人びとの力の結集と継続を通じ、日本文化の伝統は未来にも輝く美しい「華」を結んでいくのではないでしょうか。

'06.9.29.朝日新聞・京都国立博物館長・佐々木 丞平さん


関連記事:散歩道<196>講演会・お茶の話*1、<216>二条城築400年・京都家元制度、*4<694>千玄室氏の心*1、<727>新しい習字・新しい盆栽*3<1051>講演会・人はなぜ花を愛でるか、<1368>池坊展*2、<1765>小京都、