散歩道<1321>
風知草・千年の時生きる伝統美@
先日、奈良国立博物館へ足を運んだ。正倉院宝物の漆工芸品修復や、新たな復元を手がけられた北村久斎、大通、昭斎三代による「漆の技」の展示会が10月1日までの会期で開かれている。広い会場にはオリジナル作品も展示され、そのどれもが見ごたえにあるもので、足が釘(くぎ)付けになった。黒い艶(つや)やかな漆の闇の中から妖しげに艶めく貝の光沢は、まるでそれ自体が光を放つ夜光虫のように輝き、その美しさに強くひきつけられた。妖しげで艶めいて神秘的でありながら、螺鈿(らでん)には凛(りん)とした品格が存在する。正倉院の漆工芸品は千年の時を生きて現代の作家にその美を伝え、生き返った。連綿と続くわが国の伝統芸術の流れの中にあって、三代続く展示作品は、それぞれの作家の個性を明確に打出しながらも、伝統を寸断することなく継承し続ける力強い美意識を感じさせる。子は父から学び、父はまたその父から学ぶという世襲制ではあるからこそ、ここまでの高度な技術の継承と新たな発展を加味していく作業が可能になったのであろう。一代ではなし得ない、長い年月による熟成が、現代の作品の中に息づき、新たな発展を経て更に未来へと継承されていく。微細な線の一つ一つ、塗り重ねられた漆の一層一層が作者の真摯(しんし)な精進の長い年月を語っている。展示作品中の左右対称の模様の施された箱は、それがどの時代のどの国の宝物といわれても納得してしまうような地域性、時代性を遥かに超越した作品であった。作者の手を放れて、世界各国へ旅立った後、再び日本に一時持ち帰られて展示されているものも多い。漆は英語で「ジャパン」という*1。正に日本を代表する伝統工芸品である、それらの作品の圧倒的な存在感を目の前にしながら、正倉院の宝物が千年の時を超えて現代の我々に往時の貴重な美意識を伝えてくれるように、これらの作品もまた、千年の時を生きて、後の人々に今日の時代の美意識を伝えてくれるに違いないことを思った。その時の世界が、戦争などで疲弊していない、平和で豊かなものであり、こうした美術品の持つ真の美を理解する心と目を持つ人々で満たされていることを心から願わずにはいられない。
'06..9.22.朝日新聞・京都国立博物館長・佐々木 丞平さん
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