散歩道<1310>

                 時を読む・他者顧みぬ内向きの「美」(2)               (1)〜(3)続く

 けれども「美しい」という言葉だけは伝染していく。つい先日も、着任早々の文部科学相が、小学校での英語必須化にふれ、官僚の制止をを振り切って、「美しい日本語を話せず、書けないのに外国語をやってもだめ」と発言していた。またか、とおもう。「国」としてのアイデンティーをいうとき、かならず出てくる「美」という言葉。「美」の概念と近代政治とのきわどい関係については、西欧社会でも厳しい思想的な自己吟味が試みられてきたが、ここでちょっと季節はずれのようだがどうしても思い起こしたいのは、安倍氏と同じく「進歩派」文化人から批判の的とされてきた福田恒存が昭和29年に書いた論考だ。安倍氏は郷土への「愛着」や国への「帰属」感の大切さを強調するのだが、福田恒存はその論考「日本および日本人」の中で、この国における「調和の美感」を問題にした。日本人は、自他の対立が顕在化する性の場面においても社会関係においても、摩擦やせめぎあいを不安定な醜い形とみる。どんな自己主張も性的な放縦も、「美しい形式をもちさえすば許される」と考える。そのことによって、エゴイズムは道徳的な問題、社会的な問題たることを免れてしまう。というのである。

'06.10.16.朝日新聞・大阪大学副学長・鷲田清一氏

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