散歩道<1290>

                 世界の窓ニッポンに魅せられ半世紀(2)               (1)〜(3)続く      

 敗戦国民はシャツの袖をまくりはたらきだった。その結果が、日独の経済的奇跡だ。冷戦下、両国は再武装した。共通点の最後は、90年代に活力をうしない、停滞に陥ったことだ。疲弊したシステムを改革できなかった。
 @両国は安全保障を主に米国に頼ったが、基本的に日本はアジア太平洋地域で孤立したままだった。ドイツは周辺国に受け入れられ、今では欧州連合の尊敬される柱だ。日本という舟には、いまだに一つの錨
(いかり)しかないが、ドイツには二つあり、ドイツをより安全にし、行動の自由を与えてくれる。
 Aドイツの隣人達との和解の前提は戦争責任を率直に認めること、つまりナチスの恥ずべき過去を隠さず、数十年かけても賠償をすることだった。歴史教科書は戦争犯罪や600万人のユダヤ人虐殺について言いつくろうことなく、ごまかさない。正直に記憶にとどめることこそが和解の秘密だという強い認識がある。古傷を開いたままの靖国神社はなかった。
2010年3月18日

'06.10.4.朝日新聞・独ツァイト紙元編集主幹・テオ・ゾンマー