散歩道<1251>
デイベート経済・「脱デフレ」と残る課題(1)・改革後の景気回復で終息 (1)〜(3)続く
デフレ(デフレーション)とは、商品やサービスの価格が全体として低下することである。日本では98年から10年近くデフレが続いてきた。いまでは不況とデフレは同義語のように使われている。デフレの終息は不況の終わりを意味すると受け取られがちだが、必ずしも二つは同じことではない。不況は、経済の生産高が低下し、企業の倒産や失業が増える状況のことだ。経済の供給能力に対して、需要が小さすぎる状況と言い換えてもよい。これに対して、デフレとは、あくまで名目的な物価水準が低下することで、生産高や倒産や失業がどうなるかは関係ない。アメリカの経済学者によると、デフレの時期に生産が拡大した国の方が多い、という研究もある。日本では、生産高は02年には回復しはじめ、倒産や失業も改善してきている。つまり、日本経済も物価以外の面では、すでに長い回復局面にあった。この景気回復に引っ張られる形で、デフレ終息が数年おくれでついてきた。つまり、景気が回復したからデフレが終ったわけだ。一時期よく言われていた「デフレを脱却できなければ、景気回復は実現できない」という主張は間違いだったということだ。そして、景気が回復したのは不良債権処理などの改革が進んだからだ。海外への輸出など、需要が増えたことを景気回復との要因とする意見もある。しかし、それなら、90年代の公共事業で需要を増やしたのに景気が回復しなかったことを説明できない。やはり、改革によって金融不安が消えたために、景気が回復したのだろう。デフレ脱却の主因は改革による不況脱出だった。つまり、ゼロ金利政策や量的緩和政策のような異例な金融緩和は、あくまで補助的な役割しか果たさなかった。金融政策は、確かにデフレが加速して経済が崩壊することを防いだかもしれないが、しぶといデフレを終らせることはできなかった。
'06.9.25.朝日新聞・小林慶一郎
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