散歩道<1229>

              思潮21・公と私・人情と事理をはかり政治はバランス保て(1)      (1)〜(4)続く

 「向こうの敵意がひどければひどいほど、こっちの受ける利益は大きいのではないか」。こう語るのは、古代著述家プルタルコスである。彼の言は、8月15日に靖国参拝を決行した小泉純一郎首相の心象風景に通じるものがあるだろう。何しろ、『朝日新聞』の緊急世論調査では、『参拝したことはよかった」は49%、「参拝すべきではなかった」は37%だったのである。小泉首相は、「断じてあえて行けば、鬼神も之を避け、後成功有り」(「史記」季斯列伝)と、靖国参拝の決断と実行こそ国民の高い政治評価をもたらしたと自賛するのかもしれない。

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 そこで、首相の参拝問題を一例とて、内政と外交との関わりに潜む微妙な綾
(あや)や、「公」と[私」との関連について考えてみよう。戦前の日本には、内政と外交は理念として別個のものであり、外交は内政からいつも自立すべきだと考える傾向も強かった。安全保障など国益の基本は、政党政治や新聞の批判から超然とすべきであり、外交を政争の具にしてはならないということだ。しかし、この考えは政治の公開性や民主性が重視される21世紀にはもはや成り立たない。本来首相の、参拝は内政の問題であるはずだったが、中国や韓国が猛反対したことで外交の懸案となり、自民党総裁選の論点化や国民世論の対立を引き起こし、改めて内政の重要争点になるという複雑な経過をたどっている。

'06.9.4.朝日新聞・東京大教授・山内 昌之氏

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