散歩道<1209>

            漂流する風景の中で・岩井克人さんと考える(4)・資本主義と会社             (1)〜(5)続く 

経営者の倫理性が不可欠             

 経営者と会社との関係は、あえて名前をつけるとすれば「信任関係」である。信任とは、医者と患者の関係のように、他の人から信頼によって仕事を任されることを意味する。信任関係が成立するには、そこに「倫理性」が要求される。会社の経営者は「会社をきちんと活動させる」という目的のために、自らの利益の追求を抑えて行動する義務を負うことになるからだ。会社法では、この義務のことを「忠実義務」とよぶ。この義務に違反すると、経営者は背任罪で逮捕されてしまうのだ。アダムスミスが1776年に出版した「国富論」が描いた資本主義とは、自己利益の追求が、結果的に公共の利益になる社会であった。これは、現代の主流派経済学の基本的な思想でもある。だがその資本主義の中核に、経営者の倫理的行動が要請されているという大いなる「逆説」が見出されたのである。スミスが排除したはずの倫理性が必然的に求められている。この逆説を理解しなければ、ある日資本主義自体の息の根が止まる可能性が出てくる。例えば上場会社のことを、英語で「パブリック・コーポレーション」という。直訳すると、公共的会社だ。それは、株式会社が本来的に公共性を持っていることを意味している。上場するということは、すべての市民から資金を調達することが認められるということだ。だからこそ、上場会社は自分の活動に関する情報を、公平に、しかもうそ偽りなく市民に伝える義務を負う。証券取引法がインサイダー取引や粉飾決算を禁じているのは、それが、株式市場のこの公共性を損なうからだ。その意味で、株主の権利を強く主張してきた村上ファンドの村上世彰氏が、株式市場の公共性を裏切るインサイダー取引をしていたことは、大変に残念なことだ。

'06.7.25.朝日新聞・東大教授・岩井克人氏

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