散歩道<1206>

            漂流する風景の中で・岩井克人さんと考える(1)・資本主義と会社             (1)〜(5)続く

経済の中心は人間へ移行

 日本の50年代から60年代にかけての高度成長期は「産業資本主義の時代」だった。農村には人があまり、都会に集団就職した若者を安い賃金で雇うことができたから、工場をたてて、機械で大量生産しさえすれば利益が得られた時代である。ライブドアの堀江貴文氏は「お金でものが買えないものはない」といった。確かに機械や工場はモノだから、お金さえ出せば買える。つまり、この時代は「お金が支配する時代」であったのだ。ところが、先進資本主義国ではいま、産業資本主義の時代が終りつつある。農村も人手不足になり、人件費が上がって、機械制工場を持っているだけでは利益を確保できなくなったからだ。資本主義の根本原理は単純だ。収入から費用を差し引いたものが利益となる。 従って、工場を持つだけでは利益が出なくなると、収入と費用の間の「違い」を意識的に作りださなければならなくなる。他社よりも早く新技術を導入して費用を下げるか、他社とは異なった製品を開発して収入を挙げなければ、生き残れない。私が「ポスト産業資本主義の時代」と呼ぶ時代の誕生だ。日本では90年代の「失われた10年」がその移行期にあたる。

'06.7.25.朝日新聞・東大教授・岩井克人氏

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