散歩道<1198>
風考計・放火への沈黙・「テロとの戦い」はどうした・(3)
(1)〜(3)続く
卑劣な強迫は今も絶えない。昨年1月、「新日中友好21世紀委員会」の座長・小林陽太郎氏(富士ゼロックス会長)の自宅玄関脇に、火のついた火炎瓶が2本おかれていた。首相の靖国参拝について「個人的にはやめて頂きたい」と語ったあとだ。この七月には日本経済新聞社の玄関に火炎瓶が投げ込まれた。昭和天皇が靖国神社のA級戦犯を合祀に不愉快感を示したという元宮内庁長官のメモを、同誌が報じた直後である。こうして靖国参拝について、異議を唱えにくい空気ができていく。それがテロなのだ。ニューヨークのワールド・トレードセンターなどが襲われた「9・11」から間もなく5年がたつ。あれ以来、「テロとの戦争」を宣言したブッシュ大統領に答えて、小泉氏は自衛隊のイラク派遣まで断行した。「テロとの戦い」は小泉時代のキーワードだったはずである。だが、足元の「右翼のテロ」とはたたかわなくてよいのだろうあか。官房長官や自民党幹事長などを歴任した政治家の非常時なのに、小泉首相にせよ、内閣スポークスマンの安倍官房長官にせよ、事件に憤る言葉も、取り締まりを強化する言葉も、こ国民に向けて一言も発しなかった。折からのお盆休みで、小泉氏は公邸にこもっていた。定例の記者会見から開放された安倍氏は、総裁選の準備に忙しかった。だが、談話の一つ、なぜ出せなかったのか。あれから10日余。加藤氏のもとにも見舞いや激励の言葉はこないというから驚きだ。情の有無を問題にしているのではない。国家としての責任者として、これでよいのだろうか。沈黙は、テロを黙認するに等しくないのか。よもや、この黙認に意図があるとは思わない。だが、これでは「テロとの戦い」が泣くのである。
'06.8.28.朝日新聞・若宮 敬文氏 