散歩道<1196>

                   風考計・放火への沈黙・「テロとの戦い」はどうした・(1)          (1)〜(3)続く

「精三会館」1961年、落選中だった父・精三氏の為に支持者たちがカンパして建てたものだった。父の後を引継いだ加藤氏が72年に初当選依頼、12回分の選挙ポスタ−が壁に貼られていた。二代の政治家の歴史がしみこんでいた。その会館が8月15日夕、となりあった加藤氏ン実家もろとも灰になってしまおうとは・・・右翼団体の男が油をまいて火をつけたものだ。男は腹を切ったが、一命をとりとめて入院中だ。散歩中で無事だったといえ、実家には97才になる母の於信(おのぶ)さんが住んでいた。政治家の妻として、母として、この地で生きてきた末の、何とも胸の痛む出来事である。加藤氏は近年、靖国神社のありようを鋭く批判してきた。日中関係の大切さを唱え、小泉首相の参拝にも反対の論をはってきた。新たな国立追悼施設の建設を提唱した議員たちの中心メンバ−でもある。それが、よりによって8月15日に火を放ったのだ。一連の言動に向けられたテロというしかない。その後も党内にアジア重視の研究会を作るなど、くじけぬ姿勢を見せる加藤氏だが、家族にまで及ぶ危害を覚悟しての活動は口でいうほど楽ではあるまい。

'06.8.28.朝日新聞若宮 敬文氏