散歩道<1189>
小泉改革で経済どう変わったか・「市場は自由の土台」ルール整備を(3)
ポスト小泉の課題は、改革の基本方向を継承しつつ、その不備を直してゆくことといえるだろう。改革継承とは、どのような政治姿勢なのか。あえて言えば、市場経済システムを単に豊かさを得るための「手段」と考えるのではなく、市場それ自体を政治が目指すべき「目的」あるいは価値である、と考える姿勢だと思われる。小泉政権の経済政策には市場システムを価値観として信奉することから来る突破力があった。例えば不良債権処理にしても、本当にそれが景気回復をもたらすか保証はなかったし、もっと景気が悪くなると言う意見も強かった。それでも、不良債権処理を進めたのは、(景気回復をもたらすかどうかはわからなくとも)市場システムのかたちを正常化するためには、不良債権処理が必要不可欠だったからだ。つまり、市場システムを景気回復の手段と見るのではなく、市場システムの正常化それ自体を、目指すべき価値であるとみなす思想がその背景にあった。しかし、どうして市場が豊かさを得るための手段(だけ)ではないという価値観が成り立つのか。それは、自由主義の土台が市場経済だからである。経済的な自由が保障されていないところに、思想や言論の自由も育つこともない。そして経済的自由を保障する存在が市場経済システムである。したがって、まじめに自由主義を追求するなら、必然的にシステムとしての市場経済に大きな価値をおかねばならないといえる。小泉政権の改革への姿勢は、この思想を(はずかしげもなく)表明したものと解釈できる。これまでの日本の政治は斜めに構えたあいまいさを好み、自由と市場が直結するなどと主張することははばかられた。だが、そのあいまいさが、結局は優柔不断な無思想に過ぎないことを露呈したのが小泉政権以前の経済危機だった。個人や企業の自由な経済活動が、巡り巡って社会全体の福祉を高める、という「市場原理は」は自由の理念へのもっとも素朴な信奉というべき仮説だ。小泉後の日本は、当面、この仮説の上に立つしかないだろう。市場システムをよりよいものにしていくことが目的である、という姿勢で、これまでの改革の不備を正していく必要がある。つまり、格差是正などの課題に対しては、競争制限的な政策ではなく、市場ルールの整備など競争環境を洗練することによって、対処していくべきである。特に、労働市場の改革によって、公正な労働環境を作ることが、格差解消への道であり、無駄な公共事業や政府の直接介入は、厳に慎むべきであろう。
'06.8.28.朝日新聞 小林慶一郎氏
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