散歩道<1175>
時を読む・イメージ先行「格差社会」(2) (1)〜(3)続く
さて、「下層」があれば「冨裕層」がある。しかしそもそも金持ちの格差は金持ちの中にあり、わざわざ下を見る必要もないとすれば、かれらの冨裕層もまた、「格差社会」など知ったことではないというほうが正しい。だいいち、預金金利0.1〜0.2%という時代に、年利数十%という私募ファンドで資産を運用し、さらには租税回避のためにどんどん海外に資産を移すような冨裕層にとって、社会や公共など初めから存在していないのは確かである。ではいったい、いわゆる「格差社会」にカウントされているのは誰か。おそらく、かって中流といわれていた私たちである。「中」が上と下に広がって真ん中が薄くなり、上はミニバブルに沸き、下は「下層」の予感を抱く。そうして「格差社会」だと口をそろえているのであるが、本当の下層と冨裕層が抜け落ちている以上、この「格差社会」は、とりあえずイメージが先行していると言えそうである。そして、誰が言い出した「格差社会」のイメージだけが広がっているのであるが、そこでは年収200万円で適当に生活を楽しんでいる若者も、同じ年収で青息吐息の母子過程も、どちらも「下層」とよばれる。また、例えば高齢化で過疎が進む地方も、かつての無制限な開発がやんで自然が戻れば、新たな価値が生まれるという見方もあるはずだが、現実にはひたすら都市との格差が叫ばれる。こうして多様な生活と風土までが「格差」の一声でかき消され、その是正のために、さあ働け、金を出せ、努力しろと尻を叩かれて、私たちは厳しい時代だとため息をつくのである。
'06.8.21.朝日新聞・作家・高村 薫様
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