散歩道<1169>
    
              好感」のありか(2)・「等身大」に疲れ、非日常へ    現実離れキャラに道徳教わる      (1)〜(3)続

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 なぜ等身大の人物は敬遠されるのか。弘前大学教授の羽淵一代さん
(情報社会学)は「ケータイやインターネットの普及で、若者の人間関係は狭くて濃くて窮屈になっている。24時間しんどい状況。リラックスしたい時、身の回りにありそうなドラマをみせられても気が休まらないのではないか」とみる。そんな「現実逸脱キャラ」が出る番組のもう一つの特徴は、説教ぽいことだろう。「友達を悲しませるな」「自分を大事に」と、内包するメッセージは意外と道徳的だ。ネコの家政婦がやんわりと人の道を説く、人気漫画「きょうの猫村さん」。猫村さんはコミュニケーション能力が高く、不良娘にも優しい世話焼きおばさん風。雑誌「ダ・ビンチ」の特集では「猫村さんのような正しい生活者にあこがれます」の声も。博報堂生活総合研究所の「生活定点調査2006速報」でも「習慣やしきたりに従うのは当然」「地域の出来事に関心がある」といった回答をする人が増えている。 だが、説教するのがごく日常的な等身大の人だったら、猫村さんが人間のおばさんだったら・・・・同研究所の原田曜平研究員は「リアルな人から言われるとストレスがたまるだけ」という。現代の人間関係のなかでは、本音をぶつけにくい。「逆に、リアルでない人とならストレスなく対峙できる」とみる。説教も素直に耳を貸せる。テレビやマンガといった最もカジュアルで日常的な物語空間に現れる、逆に日常から逸脱したキャラクターへの好感。しかしそれは、等身大の人物に対する「共感」とは、かなりちがうのではないか。

'06.8.23.朝日新聞