散歩道<1122>
思想の言葉で読む・21世紀論(2)・時熟
揺らぐ人間の時間感覚 (1)〜(2)へ続く
「時間が奥行きを失って平面化した」(フランスの歴史家アラン・コルバン氏)「時代の大きな転換は時空間の変化に表れるはずだ」(米国の社会学者イマニエル・ウォーラースティン氏)。本当に時間は形や姿がかわるものなのだろうか。時間の変化の先には何が待っているのだろうか。「古くから地球上には多様な時間が存在した。時間のとらえ方、考え方は時代や文明によって異なるものだ」オリエント古代思想の研究で知られる比較文明者の岡田明憲氏は指摘する。自然の四季や月の満ち欠けのように時が繰り返す円環的な時間は古い起源をもつ。古代インドでは永遠に静止する時や空白の時間が重視された。点として時間をイメージする砂漠の民もいるという。「多くの文明では時間は循環すると考えられてきた。時間がどこまでも直線的に進むという近代文明の時間観は、むしろ例外的なものだ」現代人の時間意識が揺らいでいるのは、我々が常識と思っている直線時間の考え方自体に問題があるからではないかとも岡田氏は指摘する。「未来に向かって、一直線に進む時間意識の為に、現代人は先への距離や時間を少しでも縮めようとする強迫観念にとらわれてきた」。時熟という言葉がある。満ちてゆくよう時間の成熟とともに生きるのが人間のあるべき姿だとも言われる。現実には現代社会は時熟から遠ざかるばかりだ。その理由は直線的な時間観は常に前に進むことに価値を置いてしまうからだという。
'06.5.23.朝日新聞