散歩道<1107>
ワールドサッカードイツ大会(3)・シュート・研究発表(原稿)箇条書き・関係があるのでは ・・・・・発想を変える
今回のワールドカップ・サッカードイツ大会を見て、全く違う事柄について考えていた、 日本の文化の中にどうも共通するものがあるのではないかと大学(明治大・斎藤孝教授)の先生の話を聞いて思った。
1.今回のワールド・サッカーの試合を見た先生(明治大・斎藤孝教授)が、今回の日本チームの負けは教育からやり直さなくてはと言っておられたが、試合中の行動からというより、日常生活パターンからきているのだろう。このサッカー大会で、日本チームは最後をシュートで終ることが少なかった。シュートをしてこそ責任を皆で感じることが出来るのだ。これは長い間の練習の成果からきているのであろうが、ボールを廻しているうちは、誰にも責任はない、ある意味では無責任な行動のたらい回しに過ぎない。最後の詰の所で慌ててしまって、本当にやらなくてはいけないことが出来ない。
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2.日本人の学会や研究発表をみての感想(自分の経験も含めて):テーマを箇条書きの項目にする場合が多いが、形としては何とかおさまっているように見えるが、結論を出していないため、考えの羅列に過ぎず、作業はこれから(解答はこれから考えよう)始まるというものである。(このことは日常生活でも見られる)。
文章の発表も、考え方を述べた項目を羅列され纏められているだけで(そうなのか、そうでないのか、いいのか、どうでもよいのかなど)、結論が出ていないのである。結論を提示できない発表は、意味がないということである。このような発表形式は、発表はするが結論は持越しといった、責任の所在を不明確にしたものであり、社会や教育の場で、責任のとり方を学んでこなかったことにもよるものではないかと思った。
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